瞑想を習う 第三歩

ハート
Kundalini

   瞑想を修得するための次の一歩は精神的なハートというところで瞑想するのを習うことです。精神性を扱う本は、人間の体にはチャクラまたは精神的中核というものがあることによく言及しています。簡潔に説明すると、宇宙の生命のエネルギーはイダピンガラシュシュムナという3本の経路を流れています。サンスクリット語ではこの経路のことをナーディと言います。それらは繊細身体の中にあり、プラーナ(生命力)を上から身体の右側と左側そして脊柱の真中を通して送ります。この基本的な3本の経路は6つの場所で交わり、その場所をチャクラと呼ぶのです。7つ目のチャクラは脳の中にあります。シュリチンモイはKundalini(クンダリーニ)という本でチャクラとその格別の力と性質について詳しくかつ魅惑的に説明しています。

   ハートのチャクラはアナハタと言い、私たちの高い本性の性質が潜んでいる広い部屋のようなものです。内的平和、他人との一体感、愛、同情、直観、喜びはみんなハート特有の性質です。マインド中心な人よりハート中心の人になればなるほど、この性質が私たちの生活の中へたくさん流れていきます。

   「精神的ハートは、普遍意識を収容していて非常に広大です」とシュリ・チンモイは書いています。「その境界に触れることは絶対できません。なぜなら、精神的ハートは人間が知っている宇宙を表現し、同時に宇宙よりも広くて大きいからです。マインドという障壁を越えて、普遍意識の中に入ったら、そこで万物が一つのこととして、不可分なこととして見えます。そのときは真の現実が私たちの内で歌い踊り、私たちは真の現実そのものになります。」

   マインドはいつも忙しいですが、ハートは静かに落ち着いています。マインドは分析し、物事を分離しますが、ハートには調和、統合、万物との一体感があります。マインドは躊躇し、疑いが多いですが、ハートは力強く、自信があり、何が正しいことか常に知っています。

ビーチと空ー広大さ

   精神的ハートは私たちの「内的導き手」、魂が潜んでいる場所でもあります。従って、マインドが静かになればなるほど、私たちの魂、真我の促進と知恵に耳を傾けることができます。ハートの道を行くということは、無造作な信仰や気まぐれへの不合理な飛躍ではなく、理性の放棄でもなく、マインド自体を超越した、ものを知る機能が他にも私たちの中にあるという事実を認めることです。

   シュリ・チンモイは身体、マインド、ヴァイタル、ハート、魂という人間の存在の成分を一つの家族の兄弟姉妹に例えています。私たちはマインドが兄か姉であると思いがちですが、それが間違いで、家族の先輩は魂で、マインドは落ち着きのない啓発されていない妹なのです。しかし、妹が姉の言うことを聞くようになるときがきます。マインドがハートに従順になるということです。魂の光はハートを通して最も強力に作用し、そこから次第にマインドをも変革し、啓発します。ですから、瞑想は人生において精神的ハートと魂の力と美しさを再発見することを可能にし、私たちの知的な側面と精神的な側面のバランスを回復します。ハートの瞑想は内的生活への通路で、そこで忍耐強い旅人が新たな富の世界を見つけます。この富を見付けた人の生き方はすっかり変わることができます。

   シュリ・チンモイは「メディテーション」という本の中でこのように書いています:「内側から光で啓発できると思い、マインドの部屋にずっとこもっているのであれば、時間を無駄にしているだけなのです。ろうそくに火をつけたいときは、既に燃えている、既に啓発されている炎を使わなければなりません。ありがたいことに、ハートの部屋は既に光に満ち、啓発されています。」

ハート中核ー魂の宿る場所

   「マインドが平静を保つためには何か上級の力を必要とします。この上級の力とは魂の力なのです。魂の光をハートの中から前面に引き出さなければなりません。何が欲しいか、そして欲しいものがどこで手に入るか知っているのなら、そこに行くことが賢明でしょう。二つの違う会社に就職できるとしましょう。一つの会社では月2万円もらえますが、もう一つの会社の給料は5万円です。知恵があれば、2万円の会社で時間を浪費するのを惜しむでしょう。」

   「ハートに瞑想したら、渇仰心を得るだけではなく、渇仰の対象である魂の無限の平和、光と至福、喜びを手に入れることが出来ます。」

   次の重要な法則を念頭に置いて下さい:マインドが静かになればなるほど、魂の意識が内なる花の薫りのように直接感じられ、強く体験できます。そうすれば、あなたがする全てのことはあなたの最も高い真我の誠実さ、正直さ、パワー、甘美さや高潔さを持ち合わせるようになります。瞑想によって自分の仮面、見せかけから解放され、人生の一瞬一瞬に自分自身の天性の唯一無二を表現できるようになります。

ハートを思い浮かべる練習

   集中はマインドをひとところに集め、全ての思考を注目する一点に縮小させるのに対し、瞑想は有限から無限への拡大であり、広大さの自覚です。シュリ・チンモイが瞑想のことを比喩的に表現するとき、地平線のない空、大洋の静けさと平穏というような言葉をよく使います。瞑想するマインドは平静な空で、精神的ハートは無限の大洋です。

   精神的ハートを想像するのが難しかったら、ハートのチャクラ、すなわち胸の真中にある小さな穴を最初に想像してみて下さい。この中核を通して息が流れているのを想像して下さい。練習すれば、そのところで温もりの感覚が現れるかもしれません。

   マインドが落ち着かないで、邪魔になっているのなら、ハートの中の清らかな性質、そして自分の奥深くに生きた祭壇があるのを感じてみて下さい。「清らかさ」は精神生活では強力でとても重要な性質です。普段私たちの目を引いてしまうつまらないマインドに関することを置き換え、私たちを魂とハートの力強い瞑想の能力とつないでくれます。ハートの花清らかさを呼び起こし、または「清らかさ」という言葉を繰り返しながらハートの中に内なる祭壇があるのを感じるようにしたら、瞑想はやさしくなります。

  • 瞑想的な気持ちで自分の特別な場所に座り、あなたの全存在がハートばかりだと感じてみて下さい。あなたは身体ではなく、マインドでもなく、ハートなのです。異なる方法として、自分が魂ばかりだと感じることもできます。マントラのように「私は魂だ、私は魂だ、私は魂だ」と自分に言い聞かせて下さい。もし助けになるのであれば、ハートの中核にある魂のことを霊感を与えるような簡素なイメージ・理想として想像してみて下さい。例えば、光を発する小さい点、花、平静で美しい子供、深く落ち着いて瞑想している小さなヨーガ行者などがいいでしょう。自分なりのイメージと理想を使って、魂を想像し、感じてみて下さい。
  • そのイメージを拡大させて下さい。魂の光があなたの存在を次第に充満していきます。花が開き、あなたは完全にその花になり、魂の薫りである花の香りはいたるところに広がります。もしくは、ヨーガ行者という自己の平静と超然が五感やマインドや世間のざわめきに動揺せず、あなたの全存在を平和で満たしていきます。このような心像や思い浮かべることは瞑想の感覚、そして神聖なこととハート・魂の感覚を養うために役立ちます。
  • 蓮
  • ハートが花であるという想像をつかって、この瞑想法をもう少し発達させましょう。ハートが花園で、自分がこの美しさの中にいる子供だというふうに感じるといい、とシュリ・チンモイはよく言います。お気に入りの花を少しだけ開いた状態で、精神的ハートの奥深くで思い浮かべて下さい。祭壇に飾ってある花を細部までよく観察し数分眺めてから、目を閉じて、自分の内でそれを想像するというふうにもできます。花びらが一枚一枚開き、花が咲いていくのを想像してみて下さい。さらに数分経ったら、花が満開になったのを感じて下さい。花はあなたのハートになり、あなたのハートは花になったのです。
  • 花になったハートのイメージをさらに数分維持して、その薫りがあなたの各部分に浸透するのを感じてみて下さい。シュリ・チンモイは一輪のバラのイメージを使って、このように書いています:「あなたの身体はもう存在しません。頭の天辺から、足の指先までバラの香りがしているのを感じます。足を見て、すぐにバラの香りがします。ひざを見ても、バラの香りがしているのを体験します。手を見ても、バラの香りがしているのを感じます。バラの美しさ、香りと清らかさが全身に行き渡っています。頭の天辺から足の指先までの全身がバラの美しさ、芳しさ、清らかさと至福になっていると感じるようになったとき、最愛の至高なる者の足元に自分を捧げる用意ができるのです。」

いくつかのコメント

シュリチンモイが瞑想する
  • 精神のマスターはハートの中核について驚くべきことをたくさん書いています。これほど広大で強力な現実なのに、これほど無限の能力と意識を持った中核なのに、どうして私たちにとってまったく未知なのでしょうか。シュリ・チンモイはアナハタ(ハートのチャクラ)のことを宇宙意識より広く、一体感の至福を味わうことのできるところで、時間と空間を支配する能力を備え、それが優位に立った日には調和した世の中になると何度も何度も言っています。このチャクラでもっともっと瞑想すれば、自分のハートの美しさを少しずつじかに体験できるようになります。それはより強い親切心、より多くの知恵と見識、より多くの生きる喜び、より落ち着いた平和、皆がお互い一つであるというより強い気持ち、そしてより薄い自我、より少ない不安と孤独、それから...
  • 一体感、歓喜、無条件の愛、広大さは精神的ハートに備わっている性質の中のいくつかです。池に石を落としたとき生じるさざ波と同じように、ハートの中で生きる人々の行動が善意、平和や満足を分かち合いながら、周りの世界に広げていきます。これこそが世界調和のかぎなのです:まず自分の生活の中で心の平和を確立してからその平和を全世界に提供する。平和は一人から大勢に広がります。これが私たちの責任です:世界平和はあなた、私という個人から始まるのです!
  • 私たちの最も気高い性質を強め、大変早く前進できるために次のようなことをすることができます。精神的ハートを次第に開け、その微妙な内なる声の言うことを聞くこと、花咲く内的生活を扶養し発達させるように瞑想をすること、他の求道者と会って刺激を得ること、偉大な精神の師の人生について本を読むこと、身体に活発さと力強さを与えるように体の運動をすることなどです。